毎週木曜日に新宿三丁目の竹林閣で、塾と展覧会を開催しています。

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プロフィール

彦坂尚嘉

Author:彦坂尚嘉
彦坂尚嘉 美術家。アート・ネットショップ『きたいぶんしギャラリー3000』主催。ヴェニスビエンナーレ、サンパウロビエンナーレ、パリ青年ビエンナーレ出品。クイーンズミュージアム、テイトモダーン出品。芸術分析家、元立教大学大学院比較文明学特任教授。1946年東京生まれ。多摩美術大学油彩科中退。

糸崎公朗 フォトモ・アーティスト。『子供の科学』『デジカメwatch』連載。1965年長野生まれ。東京造形大学デザイン科出身

生須芳英 アーティスト。ノイズ音楽家。1991年生まれ。多摩美術大学夜間部中退。

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日本の美術史の構造

日本の美術史とか、芸術史を考える時に、日本人の感性だけに依拠していると、否応も無く、内向きになって、車座で、考える事になります。

この構造は、実は、日本の文化が、いつも海外の動向の影響を受けて動いている事の、裏返しなのです。

日本の文化の大半は、海外の《文明》の影響を受けて、模倣なのですが、その起源を隠そうとして、見ないようにします。あるいは、問わないようにしています。

そして美術史の展開も、自力で展開していると言うよりも、海外の文明が動くと、それを取り入れて、新しい傾向の模倣品をつくります。

江戸時代までは、《文明》の変化もゆっくりとしてたので、取り入れて、日本化して、咀嚼していく時間の余裕があったのですが、明治からは、海外の《文明》の動きが早過ぎて、間に合わなくなります。

日本の海外の《文明》の模倣は、表面だけの模倣なので、原理から模倣していません。ですから、海外の動きが速いと、間に合わなくなるのです。

まず、日本は、海外の《文明》を模倣しているので、《文明》にはなれずに、一つ退化した《準-文明》になっています。この退化した《準-文明》の悲しさというのが、日本美術の大半に、くっついています。

【註。用語を《準-文明》という新語をつくりました。《準》というのは、1 ある物事を類似のものと比較して、仮にそれとみなす。擬する。なずらえる。2 まねて作る。にせる。なぞらえる。】


しかしその中に、例外があって、《文明》になっているものがあります。一つは鎌倉時代の美術で、代表は運慶の彫刻です。これはもしかすると世界中で一番早くに、《想像界》《象徴界》《現実界》の3界の芸術を造り出しています。

つまり運慶の彫刻は《文明》です。

狩野元信、狩野永徳の美術も、《文明》になっています。

俵屋宗達の美術も、《文明》になっています。

そして葛飾北斎の美術も、《文明》になっています。

つまり日本の中には、
革新性や卓越性があって、《準-文明》を乗り越える《文明》性もあるのです。

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